高村薫さん・五條瑛さん・福井晴敏さん・古処誠二さん等の小説、海外の海洋小説、歴史、B'z、を糧に生きている人間の日常。
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肩書きは革命家
2008年07月04日 (金) | 編集 |
さて、「SETRE」に一泊した翌日は、周囲の観光に出かけました。
隣の海水浴場で足を浸して、海水の冷たさに驚いた後、「孫文記念館」へ。
孫文記念館

本来は神戸で活躍していた中国人実業家の別荘だったとのことで、
革命家の記念館とは思えない外観。ペンションみたいですよね。

展示してあった名刺には、「孫 文」とのみ書いてありました。
松山で見た秋山兄弟のどちらか(忘れた・・・)の名刺も名前だけだったから、
今のように肩書きや連絡先などは書かないのが昔の一般的な名刺なのか、
それとも有名人だから肩書きは不要なのか、はたまた革命家だから住所不定なのか。
肩書きが「革命家」なのは、「思想家」よりも希少価値があっていいと思う。
思想家は主観で「自分は思想家」と思えばなれそうだけど、
革命家は行動で「あいつは革命家だ」と認めてもらえないとなれそうにない。
彼の知己も多岐にわたり、経済界との繋がりも見ていくと興味深いですね。
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ギメ東洋美術館所蔵浮世絵名品展
2007年05月16日 (水) | 編集 |
ギメ展に行ってきました。
久しぶりの浮世絵展で、もうそれだけで十分満足。
会場も多くの人で賑わっていました。
浮世絵展の特徴ですが、絵が小さく点数が多く、じっくり見ていると時間がかかります。
絵と絵の幅を広げるのも、混雑の解消法にいいんじゃないかと思うんですが・・・

鳥文斎栄之は2点だけでした。残念。
写楽は結構あったかな。それほど好きではないのですが、
他の絵師の作品とは、全く異なる強烈な個性を放っていて、
絵の具の色は褪せても、センスは現代でも色褪せない強さがありますよね。
伝統とかの背景が必要ない。かっこいい、と思わせる。
北斎の龍図も、闇から浮かび上がってくる龍の鱗がリアルで、本当にかっこよかった。
浮世絵は楽しいです。
江戸のかな文字も、勉強の甲斐あって少しは読めるようになっていました。

太田記念美術館「歌麿と栄之~歌麿没後200年・栄之生誕250年~」
2006年10月05日 (木) | 編集 |
浮世絵専門の「太田記念美術館」に行ってきました。
数年前にユナコ様から招待券を頂き、「玄関で靴を脱ぎ、和室で見るスタイル」と
聞いていて、興味を持っていました。なかなか行く機会がなかったのですが、
今回は特集が「歌麿と栄之~歌麿没後200年・栄之生誕250年~」だったので、
万難を排しても行こう!と。雨の中、行ってきました。
(でも晴れたら江戸東京たてもの園にも行こうと思っていたのにー)
場所はJR山手線原宿駅、または営団地下鉄千代田線「明治神宮前駅」から
徒歩数分の場所で、ラフォーレ原宿の裏。ひっそりした裏道沿いにあります。

歌麿については説明の要はないかと思いますが、
「鳥文斎栄之(ちょうぶんさい えいし)」とは。
旗本の嫡男なのに、なぜか浮世絵師になった酔狂な人物です。
本名は細田時富、栄之の名前は10代将軍家治が付けたそうです。
元々狩野派の絵師に学んでいたので、根底に狩野派の技法があり、
山水画のような人物や情景描写も得意。
そこに浮世絵の艶やかな色と技法で美人を描くので、そりゃもう!
気品の香り立つ美人画が出来上がるというものです。
栄之の作品は美人画しか見たことがなくて、美人画一辺倒なのかと思っていたら、
ここでは巻物や扇子も展示してありました。
扇子に描かれた「月夜の木菟」は、どうにかして手に入れたい!と思いました・・・。

地下に手拭い専門店「かまわぬ」が入っていたので
そこでお土産を物色。江戸ものは勿論、野球のボールの持ち方を示した絵柄など、
高校野球が人気を博した今年ならピッタリだというデザインもあって、
いろいろ買ってしまいました☆喜んで頂けると嬉しい。

帰る道すがら、君島十和子ファンの同僚の為に、フェリーチェ表参道を
探して歩いたのだけれど、場所を確認しないまま来たので、見つからずじまい。
仕方がないので、表参道ヒルズを見学。
惜しまれつつ再開発となった同潤会青山アパートですが、安藤忠雄さんの建築で
どんな風になっているのかなぁ、という興味がありました。
本格的に雨が降ってきたので、早めにホテルへ。
一人だと、こういう時にちょっと寂しい。

「プラド美術館展」
2006年07月28日 (金) | 編集 |
大阪市立美術館で開催されている「プラド美術館展」に行ってきました。
プラド美術館展

ティツィアーノ、エル・グレコ、ルーベンス、ベラスケス、
ムリーリョ、ゴヤ、ファン・ダイク、ブリューゲルという
錚々たるメンバーの絵が集められています。

スペインというと、無敵艦隊!なのですが、
16~18世紀頃の作品ばかりなので、肖像画などを見ていると
本当に“総督”というか(笑)大航海時代を彷彿とさせます。
こういう人が世界を航海してまわったんだなぁ。
国際的にはスペインは力を失って斜陽していく時期なので、
その辺りの、暗雲たれこめる鬱々たる雰囲気も出ています。

今回はキリスト教美術の、特に、キリストと信徒、天使と信徒のような
構図に魅かれました。今の精神的な状態のせいだと思いますが。

リバルタ・フランシスコの≪聖ベルナルドゥスを抱擁するキリスト≫、
十字架にかけられたイエスが、疲労のにじむ中で慈愛を浮かべた表情で
信徒に手を差しのべ、信徒は両手を広げてキリストを抱擁しています。
その信徒の表情が何とも言えず。ものすごくつらい、どうしようもない、
でもそれを全部のみこんで、これでいい、と思っているような顔。
タイトルに抱擁とありますが、希求、という言葉のほうに近い気がします。
余談ですが、日本の憲法にある言葉で一番好きというか、感情が掴めるのが
「希求」という言葉です(笑)

リベーラ、ジュゼッペ・テの≪アッシジの聖フランチェスコの幻視≫は
逆に、司祭になろうかどうしようか迷っている信徒が天使を見るという
ものなんですが、その天使が水を持っていて、「この水と同じくらい
心の清らかなものでなければならない」と言ったので、彼は、
司祭になるのを諦めたらしいです。
それだけに、若者の中に見える迷い惑い不安などが表現されていて
天使のすっきりした美しい(というか可愛い)姿とは一線を画しています。
神や天使というのは時に傲慢なほど正義を体現しているかのように
描かれていますよね(笑)人間はそうはいかないので。
迷える子羊だ・・・。

女性に人気があるだろうなと思ったのは、ムリーリョの作品。
チラシにも使われている≪貝殻の子供たち≫なんて、
愛らしい子供2人(イエスとヨハネらしいです)が、
羊から杯を受け取って飲んでいる絵です。
ムリーリョの他の作品も、小顔のかわいらしい女性だったり、
ドラマチックな構図だったり。

ゴヤの≪トビアスと大天使ラファエル≫も良かったです。
ラファエルの手足が太くて、存在感があるのがいい(笑)
トビアスが手にしている、ぐったりした魚一匹がユーモラス。
聖書にそういう話があるのだろうけど、それより、
中国の古典にある鯉の話を思い出させます。

公式HPはこちら

「浮世絵版画の楽しさ」展と古文書講読
2006年06月08日 (木) | 編集 |
今日は太極拳はお休み。
県立美術館の「浮世絵版画の楽しさ」展を見に行ってきました。
館蔵品ばかりなので、今までの展示で何度も見たことがある絵ばかりとはいえ
どのフロアにも、わたし一人!という寂しさ。
平日昼間の美術館なんて、こんなもんだろうか・・・。
国立博物館のほうだって、確かに、こんなもんでしたね(都会は違うが)。
皇族が来て、その様子がニュースで放映されると、
来場者数は一気に跳ね上がるようですが。いい宣伝やなぁ。

風景画が好きなので、今回も目がいったのは歌川豊広の「初日の出」。
画面中央から上の半分を、水平線から顔を出す真っ赤な太陽が占めています。
前面に岸と、船の艤装をしたり、積み荷を運んだりしている労働者たち。
左端に船がずらっと並び、その船のマストが、誇張して高く描いてある。
この高さが画面に緊張感を与えていると同時に、勝手な想像ですが、
船に対する誇りや愛着みたいなものも伝わってくる。
売り物ではなくて関係者に配られたものだったらしいから、
それが、船に関わる人々だったのかも知れません。
海に出る初日の出は美しいでしょうねぇ。

初代歌麿の「青楼絵抄 年中行事」が冊子状で、わりと綺麗な保存状態で
公開されていました。いいなぁ!あの本もっと見たい・・・!!!
あ、後ろ斜め上から見たチョンマゲ姿って、誰が描いても滑稽ですね。
歌麿も北斎に負けないほどユーモラスな描き方をしてました。
でもどこかきれいんだよな歌麿は・・・。

画稿・版下が見られたのもよかった。こういうのが現代までよく残ったなー。


午後は、古文書講読の講座。
日経新聞に「シニアに人気」と紹介されていましたが、わたしが
通っている講座も大人気で、今日も新しい方が入会されてました。
お年の頃は70歳というところかな。

3月から読み進めていた例の清サンのお手紙を、読み終えました。
これは結構独力で読めたので、自信がつきました。
とはいえ、清サンの筆跡のクセを見慣れたというのもあるし、
漢字にルビが振られていたので、そのどちらかは判読出来たというのも
あるんですが・・・。
平仮名で苦手なのは「」です。
「け」には、「計」「介」「遣」「希」などの崩しがありますが、
後者2つは、見慣れた「け」から程遠い姿になってしまうので、
なかなか思いつかないのです。それに、いくら姿が変わっても
「か」「た」は頻出文字だから、覚えているし、見当がつきやすい。
使うようで使わないのが「け」ですね・・・。

「日本絵画名品展 ~信仰の美・世俗の美~」
2006年05月04日 (木) | 編集 |
大和文華館日本絵画名品展 ~信仰の美・世俗の美~

聞き慣れない美術館名かも知れませんが、
大和文華館はN県の閑静な高級住宅街にあります。
加納さんとか渥美さんとかが住んでいそうなところです(笑)

買ったばかりのハイヒールで苦労して砂利道を歩き、
明治時代の小学校の学舎のような建物の美術研究室を横目に見ながら
大きな門をくぐると、そこからは花々の咲き乱れる散歩道が始まります。
大和文華館散歩道

防府の毛利邸を思い出させます(あれほどは豪邸じゃないけど)。
そうして、ようやく展示室に辿り着きます。
大和文華館展示室

要するに日本の伝統的な“お金持ちのお屋敷”建築なんだな・・・。

“信仰の美”と銘打たれたところでは、鎌倉や室町時代の曼荼羅や、
禅宗の絵画が展示されています。雪村の「呂洞賓図」がすてきです。
龍の上に乗った呂洞賓が、天から下ってくる別の龍と対峙しているのですが、
僧侶の持つ瓶から立ち昇る煙も、龍の姿になって相手の龍を睨んでいます。
ちなみに呂洞賓は有名な仙人で、道教の神様です。

“世俗の美”コーナーでは、誰もが一度は目にしたことのある国宝の、
華やかな「婦女遊楽図屏風」も目を楽しませてくれますが、
宮川長春の「美人図」に魅かれました。
浮世絵で言うと懐月堂安度の描くような、ふっくらとした女性の美人画です。
その賛(絵の説明など、絵の上に書いてある文章)がいい。

「仏は法を売り、祖師は仏を売る
 汝は五尺の骸(からだ)を売って、一切衆生の煩悩を益す
 柳緑花紅 色々か」

賛は寛政9(1795)年、川上不白83歳の折に書かれたもの。
宗教に対しての冷めた視線とか、遊女の生き方への肯定とか、
『梁塵秘抄』を思わせるような湿っぽさが、好きなんだろうなと思います。

応挙の「四季山水図屏風」も、あれが部屋に置けたらいいよなぁ~と思わせる逸品。
(あんな大きな屏風を置ける家に住んでないけどな)
ごちゃごちゃ描き込んでいないすっきりした構図で、広い部屋がより広く見えますよ★

“琳派の美”コーナーでは、俵屋宗達の「僧形歌仙図」を気に入りました。
墨画淡彩の、デッサンみたいな線の小さな絵ですが、墨色の中に
僧侶の頬だけがほんのりピンク色で、かわいいです。


場所が場所だけに訪れる人も少なく、じっくり鑑賞している人が多くて
のんびり出来ました。次は、この近くにある松柏美術館にも行ってみよう・・・。

「ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展 江戸の誘惑」
2006年04月28日 (金) | 編集 |
神戸市立博物館へ行ってきました。
ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展 江戸の誘惑
江戸の誘惑

浮世絵大好きです。
だいたい正月はデパートで浮世絵展が開催されていたのに、
最近はそういう習慣もなくなりましたね。
あまり見ることが出来なくなったなと落胆していたら、
やってくださいました神戸市立博物館!さすがだっ。肉筆だけど。
版画の浮世絵とは違い、肉筆の浮世絵というのは
数が少ないだけに贋作が多いとか、昔、高橋克彦さんの小説で
読んだことがあるけれど、本当なんでしょうか。

美人画なら 栄之 、風景画なら 北斎 、が好きです。

鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)、18世紀半ば~19世紀前半の人。
旗本の嫡男として生まれ、お家を相続するものの、浮世絵にのめり込んで
さっさと引退した後は、絵師として生活していた変わり者。
本名は細田時富さん。画号の「栄之」は、将軍徳川家治が名付け親らしいです。

当時の浮世絵というのは、現代の漫画ほどの評価も得てはいなかった
と思います。幕府の御用絵師と言えば江戸狩野派。
京都では、伝統的な画法を打ち破る町絵師の円山応挙、尾形光琳、
曾我蕭白など錚々たるメンバーが活躍していますが、
彼らも最初は狩野派なんですよね。

栄之も最初は狩野派の絵を学び、それを土台に浮世絵を描いている。
旗本のぼんぼんらしい教養と、上品さが魅力になっていて、
この展覧会にも出品されている「墨田川渡舟図」では、
殆どが、墨彩色と呼ばれる墨の濃淡による色づけのみのモノクロな画面なんですが、
ただ、渡し舟に乗り込んだ武士の刀2本と、美女2人だけが極彩色に塗られ、
さらに、他の人物は山水図(南宗画)の技法で描かれているのに対して、
中央の美女だけは、浮世絵風の描き方をしています。
美女の周囲だけパッと画面が引き立ち、印象を強くします。

あと、栄之が描く美女の着物は、黒に紫という重ねも多いのですが、
灰色がかった藤色、藤鼠という色なので、黒と合わせても派手にならない。
「柳美人図」の女性の着物がきれいです。
あ、そういえば最近気に入って着ているキャミソールとカーディガンが
藤と黒でした・・・。こんなところに江戸趣味が!(そうか?)

ちょこっと春画も展示してありましたが、グロテスクなものではなくて
雰囲気が色っぽいという程度のものでした。
でもゲームのFFシリーズの恋愛よりはアダルトかな!(笑)
展示されてあった栄之の春画「象の綱」の絵は、身分の高そうな女性が
本を読んでいるところに、背後からちょっかいを出す男性の図なんですが、
部屋に秩入りの『古今集』が置かれていたりして、典雅な雰囲気です。

北斎の絵の場合は、風景画に出てくる人間の後ろ姿が好きです。
男性の場合は躍動感があります。
今回は肉筆なので美人画が多かったんですが、「鏡面美人図」の
女性の後ろ姿、簪を触る指やうなじに、色気があって良い。
鏡面に映る顔がなければなぁ(笑)


近世は、電車もエアコンも冷蔵庫も洗濯機もない時代だけど、
こんなに豪壮な絵が描けるんだなぁと思うと、
何が豊かで何が貧しいのだろうかと思ったりしてしまいます。
だからといって江戸の暮らしに戻りたいわけではないけれども、
こんな絵画を残してくれた江戸の人々に感謝。

「スコットランド国立美術館展」
2006年03月28日 (火) | 編集 |
県立美術館の「スコットランド国立美術館展」に行ってまいりました。

入ってすぐのところに飾ってあった、アレキサンダー・ネイスミス氏の
「エディンバラ城とノール湖」に目が釘付けに!
遠くの丘の上にそびえる城に靄がかかっていて、幻想的な雰囲気です。
「エディンバラ城とノール湖」


大体、19世紀から20世紀初頭のヨーロッパを描いた絵が多く、
ルノワールやモネ、ドガといった馴染みの深い画家の作品も展示されています。
わたしは印象派が苦手なので、その辺りは通りすがりに見るくらい。

面白かったのは、画家の評伝のところです。
デイヴィッド・ウィルキー氏の亡骸はジブラルタル海峡に葬られたとか、
ホレイショー・マックロック氏は、トラファルガーの海戦の戦勝日に生まれた為、
ネルソン提督にあやかってホレイショと名付けられたとか。

ところで、ちょっと癪だったこと。
隣で見ていた初老の男性2人の内の一人が、中之島にある美術館の名前を挙げて
「いやあもうすごい人でした。ここはいいですよ、ゆっくり見られて」と言うと、
もう一人が「○○県はいつでも空いてますから。文化的水準の低い土地ですから」と。
文化的水準って何なんだ。単にここは人口が少ないだけの話じゃないか、
大阪市なんて高齢者は拝観料が無料だったりするんだから、
観覧者数が多いのは当然じゃないか!と、静かに憤りました。
しかも19世紀初頭の風景画を見て「イギリスはこんなに緑が残っているんですねぇ」
と言うし・・・そりゃ産業革命が始まったばかりだから!
それに植民地いっぱいあったし!
今でも緑が豊かだと言うなら、他国で森林伐採をして、自国の森は
守り続けているということも、言えるし・・・。
まぁ、平日の昼間なら働いている人が圧倒的に多いんだから、空いてて当然ですよ。

神戸市立博物館「ナポレオンとヴェルサイユ展」
2006年02月02日 (木) | 編集 |
今回の旅(と言っても家から1時間半程の場所ですが)のメインは、
神戸市立博物館の「ナポレオンとヴェルサイユ展」。

ナポレオンは、1804年12月2日に、パリのノートルダム寺院で戴冠式を行い、
その戴冠200周年ということで企画された展覧会のようです。

パンフによると、“ナポレオンの波乱の生涯を縦軸にして、その時代に花開いた
新しい美術様式や文化、社会の様子を浮き彫りにしようとする試み”だそうです。
“ダヴィッド、ジェラール、グロといった時代を代表する画家たちの勇壮な油彩画、
ヴェルサイユのグラン(大)トリアノンにおいてナポレオンが使用した家具や
セーヴル磁器の飾り壺、ジョゼフィーヌと離婚後、第二皇妃となったハプスブル
ク家のマリー=ルイーズが使用した調度品、食器、ジュエリー、
また、皇妃ジョゼフィーヌゆかりのジュエリーなど”、幅広く展示されています。

誰でも一度は目にしたことがあるんじゃないかという有名なナポレオンの絵、
サン=ベルナール山からアルプスを越えるボナパルト」。
ナポレオン

実物は予想以上に大きくて迫力たっぷり。
いななきが聞こえてきそうな駿馬に跨り(現実はラバだったらしいのですが)、
「さあ行こう」と言うように、右腕を高く上げ天を指して、自軍の4万人を指揮する雄姿。
絵の前に立つと、バッチリ目が合います。
何がいいって、この 流し目が妙に色っぽくて いい(笑)
どこまでもついて行きますぜ旦那!って気分になります。

カメオの繊細な彫刻にも感心しますが、コルベによる石膏の胸像も良かった。
金銀ダイヤモンドを散りばめた宝石類は、光輝いて注目を集めていましたが、
それより、胸像の“この線しかない”と思うような完璧なラインは、見ていて飽きない。

剣を見ては「あ、戦で勝ったらホレイショがこういうの受け取ってたな」とか
ナポレオンの弟の肖像画を見ては「あ、ホレイショが艦に乗せてたな」などと
そんなことも考えつつ。

3月19日までなので、もう一度くらいは行きたいなぁと思います。

それから町に残る古い建築物や、夜景を楽しみつつ、
今夜の宿であるメリケンパークオリエンタルホテルへ。
両親はコンフィルフロアという改装されたばかりの部屋のツイン、
わたしはシングルへ。ダブルのシングルユースなので部屋が広いのは良いけれど、
セミダブルのベッドを独り占めするのはむしろ虚しいよ・・・!

そうだ 京都、行きました
2006年01月25日 (水) | 編集 |
京都に行ってきました。久々に。
「そうだ 京都、行こう」のノリで、まずは、きちんと行ったことのない平安神宮へ。
平安神宮

手水所に、白虎がいたので激写!なんだか妙な顔ですよね。
この手の獣が大好きです。
裏に書いてあった銘も面白かったので記念に写しておきました。
平安神宮2

「貴族院議員」 て!!!
ああ懐かしい明治のかほり・・・。さすが京都です。

やたら声を掛けてくる人力車のお兄さんを振り払って、
(前は「これから家に帰るので」と断ったら「じゃあ家まで送ります」と言われました。
 わたしは何者?!それこそ貴族院議員の娘みたいだ(笑))
一人でぶらぶら歩いて、道すがら、京都国立近代美術館に寄りました。
ドイツ写真の現在 かわりゆく『現実』と向かいあうために」展をしていました。
東京では、アウグスト・ザンダーの「若い農夫たち」(1914年)
アウグスト・ザンダー 《若い農夫たち》

↑が出展されていたようですが、京都では見かけませんでした。残念。
とはいえ、ドイツの現代写真なんて全く未知の世界。
今まで綺麗な写真、例えば「きれいなもの」を
「よりきれいに見えるように撮る」という写真ばかりを見てきたので、
「現代社会の断片を切り取って見せる」ような写真を見るのは初めてです。

ベッヒャー夫妻の工場の写真。
溶鉱炉や冷却塔、鋳造工場といったモノクロの写真も、20世紀後半のドイツの姿を
「産業」という視点から見せてくれます。
それらは自然の風景に囲まれた中に、ぽつんと存在する巨大な建築群で、
機能的な美しさを見るか、大地の中に突然現れる無機質の不気味さを見るか・・・。
見る人次第ですね。

印象的なのは、アンドレアス・グルスキー氏のサンパウロのセー駅の写真。
何層にも重なった地下鉄の駅の風景を、ちょうど真ん中で輪切りにしたように見せています。
6階くらいがミルクレープのように見えるのですが、どうやって撮ったのかと思ったら
それぞれの写真を加工して繋げたらしいです。
電車を待つ人々の表情が面白い。ぼーっとしていたり、本や新聞を開いていたり、
「電車に乗る」というのが共通なだけの、各自バラバラな群衆なんですよね。
都市の雰囲気がよく出てます。

演出に驚いたのは、展示室の一画を囲って真っ暗にして、映写機を置き
一瞬だけ、ピカピカッと光るが如くに、壁に映像を映し出していた展示。
そこに浮かび上がるのは、有刺鉄線のような、ベルリンの壁のような映像。
お化け屋敷やテーマパークにあるような趣向ですが、壁の存在の不気味さ、
夜中に不法に越境しようとしている時の恐怖がよく分かりました・・・。
一寸先が見えない闇の中、自分に向かってフラッシュがたかれた時のような感じです。
人の姿がその映像に現れるわけではないんですが、まるで、
隠れようとしている自分の姿が、監視員に露わになっているような
そんな気がするんです。空いていて、客が他には誰もいないし(笑)
あ、でも、その映像が本当にベルリンの壁かどうか分からないんですが・・・!

さて、美術館を出て、京都に来た目的を思い出しました。
いつもふらふら歩いているので、時々思い出さないと、目的を忘れてしまう。
目的の場所に脇目もふらず突撃していくのが友達にもいるんですが、
わたしの場合は寄り道のほうが多くて、いつも目的を見失います・・・。

用事を済ませた後は、お気に入りの店でランチをしました。
隣で院生がマスコミについて語っていたり、
テレビ局の人が番組作りのコンセプトやらを熱く語っていたり、
一眼レフでケーキを激写する女性達がいたり、
店のオーナー夫妻がインテリアの変更を相談していたり、
一人でのんびりランチをするのも楽しいものです・・・・・。

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