高村薫さん・五條瑛さん・福井晴敏さん・古処誠二さん等の小説、海外の海洋小説、歴史、B'z、を糧に生きている人間の日常。
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お引っ越し
2006年08月31日 (木) | 編集 |
朝6時頃、腹痛で眼が覚めた。
ベッドから転がり落ちて唸っていたのだけれど、
多分いつものだろうなぁと思ったので、薬を服用して
それが効いてくる30分後まで、そのまま床で悶えていた。
手足が冷えてくるのは要注意だったので、
これ以上、血圧が下がったら救急車を呼ぼうと思いましたが
幸い、それほど迄は下がりませんでした。
何かあったらすぐ下がってしまう血圧をどうにかしたい。

その後、職場のお引っ越し。
(おかげで、B'zのファンクラブイベントに行けなかった!)

冬でもそんなに手荒れしなかったのに、この2日間で、皮が剥けた!!!
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お引っ越し前夜
2006年08月30日 (水) | 編集 |
通常業務の後、お引っ越し準備。
わたし達は簡単な荷造りをしただけで、
後は取引先のメーカーの方が運んでくださる。
後で聞いたら夜中2時までかかったそうです。
あ、ありがとうございました・・・。

B'z「MONSTER'S GARAGE」ツアー千秋楽
2006年08月29日 (火) | 編集 |
B'z「MONSTER'S GARAGE」ツアー千秋楽!

「衝動」→「愛のバクダン」のところは、ライブらしいテンポで良かったですね。

「juice」の曲順がいつもより早くてびっくり。

「RUN」で胸がいっぱいになりました。
スタンド下段でアリーナに近い場所だったので、稲葉さんが外周を走っている姿が
よく見えました。すごい体力。ライブの最後にあれを走り切るとは!

「Brotherhood」も「BAD COMMUNICATION」もまた聞けるとは思わなかった。
大好きな曲です。

楽しかった。
これでわたしの夏も終わり。


潤いのひととき
2006年08月28日 (月) | 編集 |
友人と最寄り駅で待ち合わせて、知人宅へ。
おふねとひこうきにたくさん乗っていらっしゃる方なのです。
国防学のレクチャーのようでした。

仙台港に行きたかったのに・・・
2006年08月27日 (日) | 編集 |
「たちかぜ」見学したかったです・・・。

↓グラマシーニューヨークの「いちじくのタルト」。季節商品ですね。
グラマシーニューヨーク「いちじくのタルト」

いちじく自体は、本来の甘み&ワインのまったり感が程よく、美味しい。

近所でお祭りがあり、山車が通ったので、仕事から帰る時に一苦労でした。
いつもはどこに隠れているんだ!という数のK察官が警備を担当していました。
それを見てちょっと和む・・・。

本★栗林忠通『栗林忠通 硫黄島からの手紙』
2006年08月27日 (日) | 編集 |
本★栗林忠通『栗林忠通 硫黄島からの手紙』(文藝春秋)2006.8.10

第109師団長、小笠原兵団長として硫黄島で指揮を執った栗林中将が、
その硫黄島から、家族に宛てた手紙を集めた書簡集です。

アメリカが日本の本土を爆撃する為には、飛行機で飛んで来なければ
ならないのですが、片道十数時間の燃料を、往復分も積んで飛行するのは
今でさえ容易ではないでしょうが、当時では尚更。燃料の補給地が必要です。

硫黄島というのは、火山の噴火で出来たまだ新しい島で、
農作物が育つような地質ではなく、水も乏しく、居住地には適しません。
ただ、それほど迄に両国の軍隊が硫黄島にこだわったのは、燃料の補給等、
日本の本土爆撃の為の重要なポイントになる土地だからです。
ここを奪取されれば、家族のいる本土が本格的な空襲にさらされる。
だからこそ、この島を、死守しなければならなかったのです。

栗林中将自身は、硫黄島を死地として覚悟を固めていました。
そんな想いの中で、書かれた手紙の内容と言えば、
空襲を受けた時の対処法や、東京の我が家の隙間風が入る箇所の修理法や、
妻や娘の夢を見た時の感慨など。(↓84ページ)
“お父さんはみんなの顔がはっきり見えたので会ったも同じ様でした”

終戦の約1年前にして、これが“敗戦”であることを、栗林中将は包み隠さず
家族に語っています。そうして、その後を案じています。

昭和19年8月25日、妻・義井宛

“之れから更に恐しい敗戦の運命から国中どう云う事になるかも分らない事を思い”
                           (36ページ)

それから、硫黄島に空襲のあること、米軍の強大な戦力を、率直に語っています。

昭和19年9月6日、妻・義井宛の手紙では、

“当地は先便にも申す通り毎日かゝさず空襲があります。一日に二度もある事、
 夜寝たと思えばあり夜中にありと云う調子で一刻の油断も出来ません。
 今日九月五日の新聞を見ましたが、当地の空襲の状況など殆ど書いてないのに
 驚きました。”(46ページ)

この期に及んで、国民に、正確な戦況が伝えられていないことへの不安は、

“日本が敗戦になって米軍が関東平地に上陸でもすると云う場合、
 日本の混乱は想像に余りある”(昭和19年10月19日妻宛)

の文章にも表われています。

大本営の決定事項に異議を挟むことは、中将身分では不可能なのでしょうが、
そんな中、家族だけでも覚悟を決めて欲しいという願いからか、
米軍の空襲を詳細に認めた手紙があります。

昭和19年11月17日、妻・子供達宛

“当地へ毎日来襲するのはB24ですが、去る五日初めてB29が三十四、五機
 来襲しました。(中略)
 当地の爆撃は八千米(約二里)の高度からでしたが爆弾は狙ったところに
 中々よく中(あた)りました。一体に敵の爆撃は中々上手で、狙ったところに
 大概中ります。東京も愈(いよいよ)爆撃を受ける様になると、恐らく初めて
 「之れがほんとの戦争だ」と云う事が分り「今迄の事はたいした事でなかった」
 と云う事がはっきり分るだろうと思います。”(79ページ)

「之がほんとの戦争だ」は、前線で戦っている兵士だからこその、重みのある発言。

さて、最近ちょっと靖国問題が喧しいので、それに関連した記述を拾ってみました。

昭和20年1月21日、妻宛

“墓地についての問題はほんとの後まわしでよいです。もし霊魂があるとしたら
 御身はじめ子供達の身辺に宿るのだから、居宅に祭って呉れゝば十分です
 (それに靖国神社もあるのだから)。”(131ページ)

自分(栗林中将)の墓地を気にする妻に、物資が窮乏し、物価が高騰し、
衣食に事欠くこんな大変な局面に、墓地などに金や時間を使わないでいいよ、
という感じですね。そういう考え方もあるでしょう。


ページを操っていると、唐突に手紙が終わり、解説に変わります。
それが衝撃でした。
情味溢れる手紙を読んでいる時に、栗林中将の死を突きつけられる。

米軍の硫黄島総攻撃は昭和20(1945)年2月16日。
戦艦6隻、重巡五隻、護衛空母十隻を主力とする大機動部隊が島を包囲して、
軍艦からの艦砲射撃、空母艦載機による爆撃そして銃撃があったそうです。
1日のべ16000機という空からの攻撃で、
3日間で叩きこまれた爆弾が120トン、ロケット弾は2,250発、
海からの砲弾は、3万8,500発。
もうこれで、島の守備隊は全滅しただろう、大丈夫だろうと思って、
米軍が上陸するのですが、そんな大雑把な作戦より、栗林中将のほうが上でした。

“中将は米軍の戦術、彼我の戦力、島の地形などをつぶさに検討した上で、
 大本営の作戦指導で正統視されてきた水際撃滅戦法を、おのれ一存の判断で
 後方防御、それも地下陣地による迎撃戦法へと転換させていた。(中略)
 日本軍の損害は、戦死約1万9,900名、戦傷は約1,000名。
 米軍は戦死6,821名、戦傷2万1,865名。”(半藤一利氏の解説より)

気候が合わず病気に苦しんでいた日本兵が殆どだったにもかかわらず、
そして米軍は、相当な爆撃をした後で意気揚々と上陸したというのに、
米軍の死傷者が非常に多いのです。
栗林中将と兵士達が、最後まで諦めず、よく戦ったということでしょう・・・。
島にいる兵士達だけでは、いくら敢闘しても最後は米軍に奪取されるのは必至。
かといって大本営がこれ以上、硫黄島に割ける戦力はなく、どうしようもなく、
見殺しにするしかなかったのですね・・・。
その後、日本は本格的な空襲に見舞われ、夏の暑い日に、テニアン島から
新型爆弾を積んだ飛行機が飛び立ち、その威力をまざまざと見せつけられて、
栗林中将が亡くなって約半年後、日本は敗戦を認めるわけですね。
彼は、こういう国の運命を予感していたんだろうなぁという気がします。

納涼祭
2006年08月25日 (金) | 編集 |
N県にあるK空J衛隊・幹部候補生学校の納涼祭に行って参りました。

ゲートをくぐると、闇の中に竹灯籠の灯りがぼうっと浮かび上がり、雰囲気満点。
両隣が古墳という物寂しい土地で、周囲にビルもなく街灯もなく、基地の内外は
本当に真っ暗です。この闇に灯籠の灯りが映えるんですね。
竹灯籠は、隊員の手作りで、一つ一つデザインが違います。

竹灯籠(幹候校)

竹灯籠(祝50年)

↑一つの竹灯籠です。「幹候校 祝50年」と削ってあります。

竹灯籠(NARABASE)


今回は、春の基地祭とは異なり、資料館や展示飛行機の周辺も立ち入り禁止に
なっていました。残念。同行した先輩は展示飛行機に感動しつつ、
「なんで飛行機をライトアップせえへんの!見えへんやん」と言っていました。

そのまま歩くと、基地の中心にグラウンドがあるのですが、
そこに櫓とステージが設置されていました。
櫓


当初、盆踊りと聞いて、周辺住民との交流を深める為かと思っていたので
近所の方々が来て、踊りと屋台を楽しむのだろうと思っていましたが、
なんと、J衛官の盆踊り でした。
盆踊りには必ずいらっしゃる、プロのような婦人会の方々は当然としても
まさか、隊員も踊るとは、思わなかった・・・。
しかも対抗試合になってるし。さすが、優劣つけないと済まない気質。
それが妙に盛り上がっているところも体育会系ですね。

皆さん浴衣でした。みんな浴衣持っているんだ!ということが驚きでした。
(上の写真は対抗試合のもの。10代の方々だけで体操服をお召しです)
模擬店の食べ物は、すぐに売り切れていました。
焼きそばに、ピクルス王子とパセリちゃんのシールを特典に付けているのは
マニア向け? なんというかもう、商魂逞しいな!
アイドルライブ&サイン会もあったようですが、誰が来ていたのか不明。
クジ引きの景品には、ローレライのフィギュアがありました。
広報板に観艦式のポスターを見つけました!「デニムで、イージス。」の。
思ったより小さかったです。A4くらいかな。ほ、欲しい・・・。

間近で空自の作業服を見たのは初めてではなかろうか。
いいですねやっぱり。作業服がいいです。

敷かれたビニールシートの上に座って、飲んだり食べたりしながら、
まったり盆踊り見物をしました。

帰りのバスのところで、名残惜しそうに(しかし、にこやかに)若いパパが
幼いお子さんときれいなママを見送っている時に、子どもが「パパ!パパ!」と
叫んでいて、それが、幸せそうな家族の姿そのままという感じで良かったです。
J衛官の家族が理想の家族像に映ってしまうのは、洗脳されているのだろうか。
いずれにしろ、ものすごく遠い世界だけれど。いいですねぇ。

後で先輩は、周囲に迷惑をかけている酔っ払いに遭ったそうなんですが、
納涼祭帰りのJ衛官らしき人が、その酔っ払いを制してくれたそうです。
「オッサンも色々あるやろうけど迷惑かけるな!分かったか!」と一喝。
酔っぱらいに絡まれる経験って、誰にでもあると思うんですが
こんな風に助けてくれる人は、いないですよね。すごいな。

本日は習い事の日
2006年08月24日 (木) | 編集 |
午前中は、2週間ぶりの太極拳。きつい! でも気持ちいい。
思ったより足が上がったので嬉しかったです。姿勢も良くなったよう。
指先や足の動きを意識しながらも、気持ちは拡散させて、
心地よい中国音楽に耳を傾けつつ、草原で遊んでいるような感じ。

午後は古文書講読
今日読んだところは、寺の名前と僧侶の名前ばかりでした・・・。

その後に英会話のレッスン2回目。
予習をしっかりやって、ダイアローグは丸暗記して行ったのに、
始まってみれば別のテキスト。係の方が間違えたみたいです。
予習してない上に、テーマが料理ときた!
しゃぶしゃぶ食べたことないし。
素材や調理法の説明なんて、日本語でも出来ないし。

それから、お気に入りを訊かれるのも厭なんですよね。
俳優ならヨアン・グリフィズとか、
映画なら「マスター・アンド・コマンダー」とか言っても、
外国人にさえ通じないんだもん。英国人にさえ。
(自分の好きなものの中ではメジャーなほうだと思う)
相手が知らないと説明しないといけなくて、
そんなに一人で時間を使うわけにもいかないし、
話が盛り上がらないから、誰にでも分かるブラッド・ピットとかの
名前を挙げると「どこが好きなの?」と訊かれて、うっ・・・!と詰まる。
・・・ごめん本当は好きじゃないの! 
音楽も、みんなに分かりやすいところで「エアロ・スミス」って答えると
「どの曲が好き?」とか訊かれて、うっ・・・!と詰まる。
・・・ごめん本当はそんなに好きじゃないの!曲名なんて知らないの!
今回は年齢層が低かったので、エアロ・スミスあたりが妥当かと。
年齢層が高ければビートルズって答えようと思っていました。臨機応変。

質問されて答えに詰まると、本当のことじゃなくていいから
何でもいいから早く答えてって講師は言うのに、適当に答えた時に限って
「彼女、エアロ・スミス好きなんだって!」と嬉しそうに周囲に言われると
実は適当に答えただけですとは言えなくなってしまって、
あーやっぱり自分は英会話に向いてないんだなって思ってしまいました。
いや何度も思っているんだけど。

本当に好きなものを大声で叫びたい。

・・・仙石(@『亡国のイージス』)のように(笑)

英会話のレッスン初日
2006年08月22日 (火) | 編集 |
始めて行く英会話教室のレッスン。
以前のところとは違って担任制なので、厳しいのが利点かな。
予習をしていなければ怒られるし、進度が速い。
以前のように、だらだら時間を消化しているという感じはありません。

先生が優しいだけだと上達しませんよね。
軍の語学習得が一番早いのは、それだけ厳しいからだと思う。
メソッドとかカリキュラムを問題にして、
自分の努力不足を棚に上げてはいけないな!と自戒。

それにしても講師のテンションは高かった。
キャプテン☆ボンバーみたいに (笑)
図体が大きい上にジェスチャーも派手だし、表情も豊かだし・・・。
前の英会話教室でもそうだったので、先生ってそんなものかなーと
思っていたけれど、日本人が日本語を教える時は、まずそんな
ノリじゃないですよね。朗らかという程度ですよね。
イギリス人も男性は大抵物静かだった。
米国人とオーストラリア人に、賑やかな授業をする人が多いと思います。
それ日本語会話だとクレイジーだよと思うくらい。
ちょっとくらい間違っても平気!という雰囲気が醸し出されるので、
それはそれで、利点ではあります。

美しい立ち姿は、厳しい教育の成果
2006年08月21日 (月) | 編集 |
昨日の日記に、空自は不祥事がないな、なんて書いていたら、
翌日の「週刊ポスト」の列車内吊り広告に、踊っている文字を発見。
“B衛庁を揺るがす空自幹部(部下100人)の「不倫緊縛写真!」”
うーん、ないなぁって言ったところに・・・。
でも先の海自の一曹が機密情報流出疑惑が掛かっていたのに対して、
普通の不倫なら、週刊誌で採り上げる程のことではないんじゃないかと。
それとも緊縛(されてる?)が問題なのか。
それは“訓練”ってことで言い逃れ出来ないのかな(笑)
でも本当に戦闘訓練みたいな・・・
ロープの使い方が上手過ぎて、いまいち気分が出ないような(笑)

ところで、「アンテナ22」という番組で放映されたドキュメンタリー、
潜入海上自衛隊 新人パイロット物語」、良かったです。
舞台は「小月教育航空群」で、P3C哨戒機等のパイロットを夢見る
若者たちの暑き日々を紹介されていました。厳しいですねー・・・。
予告動画は→ http://www.ntv.co.jp/22/

活字の書体で本のイメージが決まる
2006年08月20日 (日) | 編集 |
今日も南港でした。
お話してくださった方、有り難うございました!
行き帰りの電車内では、車窓から海と船を眺めて、ちょっと心を遊ばせました。
北港にまで足を伸ばそうかなぁと思いつつ、あまりの暑さに断念。
帰りはやっぱりお買い物。(帰りも、と言うべきですが。)
本屋に寄ったら、栗林中将が硫黄島から出した書簡を集めた本が出ていたので
それを購入。使用されている活字も雰囲気が出ていて良かったです。
最近、この出版社で文庫なら活字はコレ、みたいな決め方じゃなくて、
本の内容によって選択されているようですね。良いことだ!

K上H安庁のマンガは『海猿』だけじゃなかったんだということに
今日初めて気付きました!遅い!
表紙を眺めて、あれ?これ潜水士の服じゃないかなーと思って
手にとってよく見たら特殊救難隊を扱ったマンガだったのです。
『トッキュー』ってタイトルをブログなどで眼にしてはいたんですが、
バッテリーとか、おお振りのイメージで、球児マンガなのかと
思い込んでいたから。「キュー=球」。
いやはや。思いこみって、恐い。

『C-blossom -case729-』なんて、少女漫画(多分)なのに
空自のオフィシャルページで宣伝しているんですよ。
空自のHPには、協力した書籍や映画やビデオの紹介をするページが
あるんですが、その「書籍一覧」のトップに出てくるんですよ。
そこまでしてイメージアップを図っているんですよ。(ね?)
(しかも本の内容は、イメージダウンとアップでプラマイゼロ、
 くらいのシビアさだし。)
陸海の不祥事続出ぶりに比べたら、空なんてイメージ良い方だと思うのに。

明日夜10時から、海自の新人パイロットのドキュメンタリーがあります。
後輩には、空自密着番組がありますよって教えてもらったんだけれど、そうか・・・
彼女には、制服とか機種とか基地とかで判断できないんだ。
ちょっと自分がイヤに・・・
あっでも海自ということで、テンション上がりました(笑)楽しみ

美女2人の殴り合いの喧嘩を見ました・・・
2006年08月19日 (土) | 編集 |
朝、JR天王寺駅に電車が到着して、扉が開いているその時に、
美女二人が殴り合い をしていたんですよ!
一人は車内で、一人は降りる途中だったのか電車とホームに片足を置いて、
「あんたが先に叩いてんやろ」などと罵りながら、
傘と腕と足で、相手を、突く殴る蹴る。
2人とも年の頃は23歳くらいでしょうか、キレイ系の上品なお姉さんで、
全然そういう・・・公衆の面前で大喧嘩するようなタイプには見えなかった。
周囲の人々が呆れ顔で「もういいかげんにしとき」って諫めてました。
天王寺駅なんて乗降客の多いところで、しかも電車とホームに片足を置いて
争っていられたんじゃ、大阪駅に向かって発車することも出来ないし、
多分、駅員が間に入って仲裁したんじゃないでしょうか。
そういえば天王寺駅はテロ防止の特別警備員が数名配置されていたしな(笑)
わたしは喧嘩が激しさを増していた時に隣を通ったので
彼女達の振り上げた傘が、危うくあたりそうになりましたよ・・・。
扉の3分の一を占めてたんですよ、お姉さん達。
乗車しようとする人も乗れなくて、困ってました。
怪我はなかったのかな。ホームに転落でもしたら大変ですよね。

いやあ、それにしてもびっくりしました。
車内で化粧が当然のようになってきた昨今、
車内で喧嘩する強気な女性も続々と現れるのかしら。
それにしても、何が原因でそんな喧嘩をしていたのか・・・。


今日は南港でした。
いつもお世話になっている方々、今日も有り難うございました!
もっとゆっくりお話出来ると、いいんだけどなぁ。

今日こそは話しかけよう!、と思っていても
なかなか出来ないんですよね。うーん・・・今度こそは。いつだ?冬???


更新記録
2006年08月18日 (金) | 編集 |
『亡国のイージス』の、仙石の足取りを辿るツアーのレポートを
upしました。銀座で叫んだところから、です。こちらからどうぞ。
これ行ったのって、去年の年末なんですよね。
今更な気が・・・3月頃の日記に、もうすぐup出来そうって書いてたような・・・。
遅くなってすみません、月美さん!また行こうね!!!

次は由良レポup予定です。

更新記録
2006年08月17日 (木) | 編集 |
今日は全然外出しませんでした。結局お盆休みの間、
ぐだぐだ読書とパソコンやっていただけですよー・・・。
だめな人間。

更新とも言えませんが、ちょこちょこっと変更点があります。
まずリンク。
「お友達・他ジャンルサイト」の『月下砂漠』様。
「HP作成支援サイト」の『ふわふわ。り』様。
「地取りお役立ちサイト」の『京王プラザホテル』様と『高浜観光協会』様。
京王プラザホテルは都庁の真ん前でね!
都庁の役人を監視したり、狙撃したりするのにはピッタリな位置ですよ。
ウオッチャー気分に浸れます(笑)
高浜はまだ行ったことがないのですが・・・。
舞鶴と絡めて是非早めに行きたいなぁ。

「五條・福井」ファン頁から五條作品部分を除き、
完全に福井頁にしてしまいました。
愛が目減りしたわけじゃないんですが、際どいファンフィクの類は
出来るだけ紙媒体で活動しようかと。ネットは便利でいいんですが、
その便利さが仇になります。うう。
現在の福井ファンページは、むしろK上J体隊ファンページだろう
という有り様ですが、まぁ、ミーハー性を前面に出したほうが
思想性を問われなくていいから(笑)福井ファンページということで
よろしくお願いします。いやあこんなにハマるとは思わなかったね海自。
かっこいいです。
百聞は一見にしかずなので、体験航海とかオススメしたいんですが、
これ以上、乗艦券の入手が困難になるのは困ります・・・。
わたしも海で働きたいなぁ。艦はムリでも、船なら。ないかなぁ(笑)
“みなわ(水沫)”というHNでも分かるように、水が大好きなんですよ。
元はペンネームだったので、いちお名字もあって、それも水絡みです。
水のたゆたう様子とか、飛沫が上がる様子とか、見てて飽きません。

BBSは撤去しました。
迷惑メール対策のため、メルアドを公表していませんが、
個人的にメッセージをくださる場合は、ブログのコメント入力を利用して下さい。
「管理者にだけ表示を許可する」のところにチェックを入れて頂ければ、
コメントが公表されることはありません。
皆様のご意見・ご感想を、お待ちしております★

本★上野正彦『死体は切なく語る』
2006年08月17日 (木) | 編集 |
本★上野正彦『死体は切なく語る』(東京書籍)2006.6.27

最近、火事で亡くなる方が増えていますね。
しかも一家全員が死亡するケースが多い。
どうしてなのかな、誰かは逃げられないかなと疑問に思っていたのですが、
昔と今では火事の性質が違う模様。

“昔は、有毒ガスは出ていないが、一酸化炭素が出ていた。
 数十秒ぐらいは、煙を吸っても中で行動ができて戻ってこられた”
今は、“新建材から有毒ガスが発生してしまうから、
 一回呼吸しただけでも、呼吸酵素がブロックされ、次の呼吸で
 ガス交換ができなくなって死にいたるのだ。”(50ページ)

一度呼吸しただけで死に至る有毒ガス。
スウィートホームがアウシュヴィッツに・・・

“寝タバコが危ないのは、そこから火災になって焼死してしまうからではなく、
 ベッドで寝タバコをして、それが枕に落ちると、座布団くらいの広さが焼かれ、
 中のウレタンが燃え、そのちょっとした煙を吸うことによって死んでしまうのだ。”
                      (51ページ)

母親は本能的に子を守る、というのが共通認識だと思いますが、例外もあります。
著者は、ある動物ドキュメンタリー番組で見た光景から、思いを馳せます。

ライオンは集団生活をしていますが、二歳を過ぎたオスライオンは
集団から離れされ、放浪を余儀なくされます。
発情期を迎えると、その放浪しているオスライオンは、
弱そうなリーダーのいるグループを襲います。
新旧交替が為れば、新しくリーダーになった若いライオンが、
前のリーダーの子どものライオンを、全部食べてしまう。
確かに新しいオスとその子ども達では血は繋がっていない。
しかし母親ライオンにとっては、我が子ではないか。
それなのに母親ライオンはオスを咎めもせず、
我が子が食べられる様子をじっと見ている。何故か。

“生物学者によると、母親ライオンは、新しく入ってきたオスライオンを
 迎え入れるため、体質が母親でなく発情期に、つまり妻の体に
 変わっているらしい。”

これは人間社会にもある、と著者は気付きます。

“離婚した子持ちの女性がいる。その家庭に新しい愛人の男が入ってくる。
 その愛人は前の夫の子供を虐待して殺害したりする。
 それなど、このライオンの話にどこか似ている。
 子供を守るのが本能なのか、新しい種を残すのが本能なのか、難しいものだ。”
                     (56ページ)

本★松本仁一『カラシニコフⅡ』
2006年08月17日 (木) | 編集 |
本★松本仁一『カラシニコフⅡ』(朝日新聞社)2006.5.30

前の巻の時も書いていますが、再び、カラシニコフという銃について。
「AK47」とも呼ばれます。
ソ連のミハイル・カラシニコフ氏が1947年に開発した自動小銃。
口径7.62ミリで、30発入りの弾倉を装着できます。
故障が少なくて手入れが簡単なため、未熟な兵士にも取り扱いが容易。(1頁)

フセイン政権崩壊した2003年4月、バグダッド市内の国立病院で、
著者が医師に、何がもっとも不足しているか尋ねると、返ってきた答えが、
「セキュリティー(治安)だ!」
病院すら強盗の目標になる。しかも、薬剤が略奪されるのだそうです。

“国家の最低限の任務は治安を守ることだ。国民が他から襲われる心配をせず、
 安心して暮らせるように保護することである。それによって国民は国家に
 帰属感を持つ。国家が武力の独占を許されるのはそのためだ。(275頁)

猛暑お見舞い申し上げます
2006年08月16日 (水) | 編集 |
父の体調が悪く、お墓参りは中止。
「北斎と広重展」でも見に京都へ行こうと思っていたのに、
外出するのが面倒になって、部屋でぐだぐだ読書しながら過ごしました。
夕方6時に室温計を見たら、36℃
やっと涼しくなってきたなぁと思う状態で36℃ですよ。
部屋にいるだけで汗が噴出するような日中なら、何度になっているのか
恐ろしくて正視できません。
どちらにしろ冷房していない状態ではとても部屋には入れないので、
室温計も見られないんですけど。灼熱地獄だな。
こんな暑い最中に外でお仕事しておられる方もいらっしゃるのですよね。
頭が下がります。


お盆の病院は空いているのが救い
2006年08月15日 (火) | 編集 |
最近新しく出て来た発疹が気になるので、大きな病院へ行こうと思い立ち、
盆休みの中日なぞに病院通い。普段より空いてはいたけれど。

ちらっと患部を見た後、医者いわく、「汗疹だろうね」。

うううんやっぱりそうなのかー・・・。単なる汗疹か。

「赤みは引くけど、日焼けと同じで後は黒くなって、それ消えないから」


えええええ。今夏中だめですかー。


帰りに、石上神宮へ寄りました。
石上神宮

由緒と趣のある神社なのですが、参拝者が少ないため静かで過ごしやすい。
ものすごく暑いのに、鶏は元気でした。

居酒屋に子どもは連れてこないで
2006年08月13日 (日) | 編集 |
お仕事。

帰りに後輩達と飲み会。しかし東京で充電してきたわたしが一番元気で、
ここ2日間くらい超多忙な店で働かされた後輩たちは、憔悴気味。
観光地とあって周囲は家族連れとカップルばかりだし、早々とお開きになりました。

居酒屋に小さいお子さんを連れて来る家族が増えたけれど、それはどうかと。
いい感じでアルコールが入って、仕事や生活の愚痴も下ネタも話したいのに、
周囲に少年少女がいたら、遠慮して話せなくなってしまいます。
20代後半から30代の独身の女盛りが5人集まって、誰にもさほどの
個人生活がない。こういう時に、憂さ晴らしがしたいんだから!(苦笑)

夏の祭典
2006年08月12日 (土) | 編集 |
前日は大森駅から徒歩5分くらい、山王(城山社長宅の近く)にある
ホテルに宿泊。月美さんとはお別れしていたので、寂しく一人で過ごしました。
一人旅には慣れているけど、さっきまでものすごく楽しくイージス話とか
観艦式の予定とか話していたので、独りになるのが辛かったです。

さて、今朝は6時起きで支度をして、りんかい線に乗り、東京国際展示場へ。
初めての東京・夏の祭典。凄いですね。広い&サークル多い&人がいっぱい!
大阪と比べて、こんなに客層も違うのかと驚きました。

列整理をしていた軍服のお兄さんに目を奪われました。
あ、東京ドームでも国際展示場でも、警備のため警官はいるんですね。
地元ではお目にかかれない、K視庁のマーク・・・

午後は有楽町でYさんと待ち合わせをし、ランチをご一緒して、
近況をうかがいました。今度は是非ライブをご一緒したいものです。

雷雨のため、山手線が運休。遅延していた、すし詰め状態の京浜東北線に
なんとか乗り込んで、新幹線の時間に間に合うよう東京駅に到着しました。

わたしは次は大阪の千秋楽っすよー!楽しみ!!!

祝★文庫『照柿』上下巻発売!
2006年08月11日 (金) | 編集 |
ちょうど東京にいる間に文庫『照柿』が発売になりました。
わたしが購入したのは、山下書店の東京ドーム店です。
“後楽園ウインズ”として『レディ・ジョーカー』に登場するところで
競馬関係の書籍を多く扱っていますが、『照柿』文庫は、ひっそりと
しかし棚の中央に平積みになっていました。ゆかりの地で購入できて幸せ。
WINS後楽園

↑犯人グループ「レディ・ジョーカー」の会合場所であり、合田さんが
スーツにスニーカーという異色の出で立ちで現れて、人々の視線を奪っていた所。
後楽園ウインズ

↑合田さんも、こういう所で画面を見ていたりしたのでしょうか。

文庫の感想・・・予想通り好きなシーンが削除されてはいましたが、
補完して楽しめるデータも増えたので、単行本と文庫を合わせてどちらも
「公式テキスト」でいいと思います。単行本を否定しないでくださいね先生・・・

「B'z Treasure land」
2006年08月11日 (金) | 編集 |
久しぶりのB'zファンクラブイベントです。
有楽町駅すぐにある「東京国際フォーラム」には初めて行きました。
想像していたより広い場所で、B'z以外のイベントも開催されていた為に
スーツ姿のサラリーマン風の男性も多く、ちょっと戸惑いました。
しかし会場内に入れば、B'z一色!

御本人はいらっしゃらないけれど、じゅうぶん楽しめます。
PV撮影時の様子などを紹介する映像が、予想以上に面白かった!
先日のライブでは、ギャグが滑って笑いを取れなかったりすると、
「僕達ミュージシャンだから!」と稲葉さんが自分を励ますように
おっしゃっていましたけれども、いや十分お笑いでやっていけますよ・・・。

「Brotherhood」のジャケット撮影時の苦労話が良かったな。
アルバムの中では、あのジャケットが一番印象深いので・・・。
歌としては「RUN」とか「あいかわらずな僕ら」とか「Brotherhood」とか、
あの路線でもうちょっとやってほしいな、というのが正直なところ。
わたしが高校生の時にB'zの何に惚れたかというと、稲葉さんの歌詞
「ZERO」とか「BAD COMMUNICATION」も好きですが、ああいう・・・
そうですね、抑えがたい破壊衝動みたいな、何ともないフリをして、
内心では悶えているような、そういう歌詞が好きです。

イベント会場の外で、B'zファンの車を見かけました。
B’zファンの車

勿論、ナンバーも「・178」でした。たまにいらっしゃるんですよね。
凄いなぁ。 B'zBANZAI!

護衛艦内での自殺
2006年08月11日 (金) | 編集 |
ライブの後、東京ドームホテルで、気持ちよくシャワーを浴びていた時に
テレビから「護衛艦内で一曹が自殺」というニュースが飛び込んできました。

「えっ、それドラマじゃなくて本当のニュース?!」と、友達に声を掛け、
バスタオルを巻き付けただけの姿で、慌ててテレビに近づいて、凝視。
・・・ほんとだ・・・。


今年2月、ファイル交換ソフト「Winny」を通じて極秘の暗号や乱数表、
隊員の最終学歴や信仰などという個人情報が流出したとされる事件がありましたが、
その流出元が、佐世保に配備されている護衛艦「あさゆき」の曹長でした。

それから同艦の隊員は特に厳しく、B衛庁や海幕から調査を受けていたのかな。
そこで無許可渡航が発覚し(自殺前からニュースにはなっていた模様)、
事情聴取を受けていたのでしょうが、それが10日の自殺に繋がったのかと。
職場である艦内での自殺は、組織に対する抗議としか思えないし・・・。
それにしても、K官とかJ衛官には、この手の自殺者が多いですね。

もう一つ重要な点は、この一曹が出入りしていたというカラオケ店。
中国から情報提供を強要されたとする遺書を残して一昨年自殺した
在上海総領事館員も出入りしていたという、いわくつきのお店だそうです。
この筋から一曹が浮かび上がったのなら、事情聴取も厳しくなるでしょう。

J衛官に限らず基本的に公務員の海外渡航は、届け出が必要。
特に共産圏への渡航は厳重です。
以前、飛行機とホテルがパックになったツアーで北京に行った時に、
ツアーの中に“ハムの方”がいらして、
「共産圏への渡航は禁止されていたから在職中は行けなかった」と
おっしゃっていました。届け出どころじゃなく、禁止。
それほど国として厳しい措置を取っているのだし、国防関連で働く人間が、
国籍の違う女性と付き合うのなら、正式な手順を踏んだ行動は必要ですよね。
それに、1年2ヶ月の間に8回渡航、計71日間、というのは多い。
対馬からなら肉眼で対岸に島が見えるそうだし、本州の人間とは、
肌で感じる距離感が違うのかも知れませんが。
数百万円のお金を仕送りしていたという報道もありますし、それだけ
惚れこんでいたのでしょうが、普通に社会人として生活していて、
1~2ヶ月の間に1回の海外旅行というのは・・・羨ましいですよ・・・。
そんなに休みが取れるのかJ衛隊は。

40代の一曹さんって、体験航海などでは気軽に声を掛けてくださるし、
部下の面倒見も良さそうだし、頼りがいがありそうだし、恰幅いいし、
優しいし、何かと親切なんですよね。(べた褒めだ・・・)
そういうところが仇になるのかなぁ。本当に残念なことです。


自殺に追い込まれたという事実には、捜査上の問題やら何やら
外部には分からぬ深い溝があるのでしょうが。

ご冥福をお祈り致します。


11日午前中は、靖国にお参りしてきました。

B'zライブ「MONSTER'S GARAGE」
2006年08月10日 (木) | 編集 |
京都から新幹線に乗り換えて、華のお江戸の東京へ。
昼過ぎにまったり到着し、駅で月美さんと待ち合わせて、
今夜の宿となる東京ドームホテルに行きました。

ベーグルサンドの軽いランチを取りながら、お喋りしている内に
開演時間に!いつも何をそんなに話しているんでしょうねぇ・・・。
B’zLIVE-GYM「MONSTER’S GARAGE」

B'zのライブは常に台風との闘いなんですよね。今回も直前に
九州四国辺りで被害が報告されていて心配しましたが、この旅行中ずっと
豪雨でも晴天でもない過ごしやすい気候だったので、助かりました。

以下、ちょっとネタバレになるので、反転します。曲名も少し書いてます。

いつも後半のラストスパートで演奏される「juice」が、
意外に早かったので驚きました。

「SPLASH!」の時の特殊効果、キラキラ光って落ちていく銀紙のようなものを
見て「あ、チャフ!」と思いました(笑)

最後の「RUN」で懐かしい映像が出て嬉しかった・・・。

稲葉さん、ドームの外周一週を走ってましたね。すごい体力!
特効の炎も熱そうだったのに、ちゃんと歌っていた・・・。


わたし達の前にいたカップルが異常に仲良くて、お互い向き合って
シャウトしあってたのですよ・・・完全に2人の世界。

楽しかった!これでまた1年お仕事がんばりますよう。

英会話上達の為に必要な事。
2006年08月10日 (木) | 編集 |
前に行っていた英会話教室の契約が切れたので、新しい所と契約してきました。
経済的に続けられるかどうか分からないので、とりあえずトライアルの10回分だけ。

いきなり日本人&外国人の講師と会話しなくちゃならなくて緊張しました。
好きな映画は「マスター・アンド・コマンダー」と言っても誰も知らない。
海洋小説のこともジャンル自体ご存じないようだ(そういうものですかね)。
最近の趣味を訊かれても、護衛艦の体験航海とは言えない(初対面だし)。
好きな作家や小説のタイトルを出しても、相手が知らないので話題が広がらない。
行ったことある外国は中国だけ。
「行きたい国は?」「イギリス」「どうして?」「大英帝国海軍が好き」
という会話では、本当に趣味が合う人としか話が弾まない。
興味があるのは日中関係。

こんな人間が英会話を上達させる為に必要なことは、

性格を変えることだ と思いました・・・。

ナメクジとビール
2006年08月09日 (水) | 編集 |
いつかの「探偵!ナイトスクープ」で、ナメクジはビールが好きというのを
検証していたらしいですね。日本酒でもなく、ビールにだけ寄って来るらしい。
そうして、酔って溺れ死んでしまうらしいです。


『マークスの山』での合田の名台詞、
「ナメクジはビールに頭突っ込んで死ね」が思い出されます。

“「ところでビールって何だ」合田の袖を引いて吾妻がしつこく囁いた。
 「ビールを一晩置いておいたら、必ずナメクジが中で死んでる」
 「お前の生活程度がうかがえるよ、まったく」”(単行本264頁)

ナメクジとビール、ちゃんと根拠のある事だったんですね。

病に負けない
2006年08月08日 (火) | 編集 |
新しい発疹が出たので、皮膚科に相談に行くと

「う~ん、汗かいたりするからじゃないの」。

そ、それが専門家の台詞なんですかセンセイ!!!
新しくもらった薬が効かなくて、患部が広がっているし。
今までの発疹は服を着ていると見えない場所だったので助かっていたけど
今回のは○の谷間なのですよ!見えるの!困るの!
医者に対して逆セクハラみたいで申し訳ない場所にばかり発疹が広がるのですが
わたしだって、好きでそんなところに発疹出してるわけじゃないしさ・・・。
でも夏場は、皮膚科系の病気が増えるみたいですね。
露出する時期なのにね。
肌のお手入れは怠りなく、念入りに、ということでしょうか。

後輩に「今夏のアバンチュールは無理みたい」と言ったら
「元々ないでしょうが」と冷たく返されました。

「護衛艦とかヘリとかを携帯の待受にしている女性に
 そんなのあるわけないでしょーが」、と。

そ、そうか・・・・・・。

本★松本仁一『カラシニコフ』
2006年08月07日 (月) | 編集 |
本★松本仁一『カラシニコフ』(朝日新聞社)2004.7.30

カラシニコフとは、言わずと知れた銃の名前。AK47。
2002年に日本の外交官二名が殺害されたのもこの銃で、
2004年に日本人三名が誘拐された時に犯人グループが持っていたのもこの銃。
ちなみに、トカレフもカラシニコフも共に人名です。
開発者の名前が付けられています。

村が武装グループの掠奪に遭い、拉致されて、そのまま兵士や“妻”に
されてしまった少年少女の話は重い。
生理さえまだない少女が、性の道具にされる。
十歳以下の少年兵が銃で人を殺し、刀で腕を切断する。
両腕の切断は、テレビのニュースでも採り上げられていましたね。
夜中に目が覚めてトイレに行きたくても、一人ではズボンさえ下ろせないという
犠牲者の言葉に、返す言葉はない。

銃の回収と引き換えに奨学金付きで学校教育を受けさせるNGO「サイード」に
参加したアラスは、こう↓言っています。
「銃を持っていると、たいていの人間は自分がえらくなったように思い込む。」
                       (138頁)

ナイジェリアの農村部は貧しく、義務教育の小学校すら終えられない家庭が多い。
政府には、奨学金制度もない。小学校教師の給料は四ヶ月も遅配。
しかし国家が貧しいわけではなく、ナイジェリアは、アフリカ最大の産油国として
年間150億ドルもの外貨を稼ぐというのに、そのうち100億ドルは使途不明のまま
消えてしまうのだそうです。(170頁)

改めて、国家とは何かを考えさせられました。

兵士と教師の給料が払えているか、が、
国家が崩壊していないかどうかを見抜く鍵だそうです。

給料が支払われず、食べていけない兵士はどうするか。
当然、武器を売り払うか、武器を使って強盗を働くか、ということになります。
兵士(警官)と教師を大切に扱っていないということは、
国家が、治安と教育に対して重きを置いていないことになります。


制度上は穴だらけかも知れなくても、汚職だってなくなりはしなくても、
日本に住んでいる日本人ならば、年金や生活保護の手当が受けられ、
110番すれば警察が来て、災害に遭えば救助や援助物資が来る。

「国」というのは、本当に、一から積み上げて作っていくものなんだなと
思いました。すごいことだな、と。

本★斉藤 寅『世田谷一家殺人事件―侵入者たちの告白』
2006年08月06日 (日) | 編集 |
本★斉藤 寅『世田谷一家殺人事件―侵入者たちの告白』(草思社)2006.6.28

1999年12月30日から大晦日にかけて発生した一家四人殺害事件。
今では一家全員皆殺しというのもあるにはあるけど、あの当時は珍しかったし
今でも親族や顔見知りによる犯行が多く、世田谷の事件とは一線を画しています。

この事件が発生してからずっと後追い記事を読んでいたのは、
著者が言うように

“いつわが身に降りかかってくるかもしれない、
 そんな不気味な可能性を感じさせる”(240頁)、からでしょう。


この事件には、クリミナル・グループと呼ばれる犯罪集団が関連しているのだそうです。

“クリミナル・グループとは、一言でいうと日本に滞在している
 主に北東アジアを中心とした年齢層の低い(二十代から三十代と
 見て差しつかえない)者たちで構成されている犯罪集団”(141頁)

留学生や企業の研修生として日本に入国した若者、
そのごく一部が、お金の為の犯罪に手を染める。

 (勿論、殆どの方がまじめに勉強なさっているのは分かります。
  アジア圏の方の日本語の上達の早さには驚くばかりだし。)

その犯罪者集団に取材をしたのが、著書です。
こうして順を追って詳細に犯行手順を描写されると、
最初は「単独で一家皆殺しなんて出来るはずない」と思っていたのが
「手錬れなら可能だ」と思うようになりました。

そうして、これらの犯罪には遺留品が多く、すぐに犯人に辿り着けそうだという
大方の人々が楽観的に考えた、その予想を裏切った理由が、著者曰わく↓

“警察がもつセクショナリズムと悪しき役人体質”(156頁)


慣れた警視庁が、相当数の捜査員を投入していながら、
こんな凶悪犯罪の犯人が検挙できない点は、やはり反省して頂かないと・・・。

本★保阪正康『東条英機と天皇の時代』
2006年08月05日 (土) | 編集 |
本★保阪正康『東条英機と天皇の時代』(ちくま文庫)2005.11.10

“東條英機”というとあまり良くないイメージがついているのですが、
「酒色に耽った」などは誤った報道なのだそうです。
そういった先行するイメージを払拭し、彼が本当に言ったこと、
為したことを知り、その上で彼を判断しようという試みがこの本です。

そうまでしても著者は東條を好きになれなかったらしく、
ちょこちょこ反感が覗く文章を織り交ぜつつ、しかし評価すべきところは
ちゃんと評価しています。
彼の面目躍如たるところが、連隊長としての部下の面倒見の良さと、
生来の生真面目さからメモ魔であり、質問にきっちり答えられるというところ。
多分、補佐官程度でおさまっていて、彼の暴走を許さない上官がいれば
有能な能吏で終わったんじゃないかと思うのですが、どうなのかな。

麻布の六本木に第一師団歩兵第一連隊がありました。
東條は、“連隊長を命じられると、赴任する前に、数十人いる将校の顔や名前、
性格、家庭環境まで暗記”(95頁)して臨んだらしいのです。
“入隊予定者に一家の主柱がいると、その人物が入隊すれば
 その家庭が困窮するため、入隊前に部下に命じて役場に行かせ
 生活保護の申請をして、不安を解消する。
 父兄には、連隊長の東條自身が挨拶をする。古年兵の初年兵への制裁や
 中隊長の傍若無人な振る舞いは、第一連隊に限って許さなかった”(96頁)
これは、理想的な上官に思えます。
ただし自分に反対する人間には容赦がなく(自分が正しいと強く信じているからか)、
憲兵を使って、恐怖感で統率することに。
一介の兵には優しいその態度は、「ホーンブロワー」のジェームズ・ソーヤー艦長を
思い出させるなぁ・・・。

大本営の発表はあまりにも真実とかけ離れていたけれども、
誰が情報統制をしたのか?というのがわたしの疑問でした。
本気で戦争を切り上げたかったのなら、真実を国民に伝えて
“玉砕”まで突き進もうとする世論を冷ませばよかったのだし、
それをしなかったのは、軍と政府の人気取りではないのかと。

しかし、どうやら戦闘の結果は、首相の東條も知らなかった(397頁)、
さらに、参謀本部の参謀でさえ知らなかったそうです。

戦況の正確な情報、指導者の対応、それは国家の最大機密とされていて、
閣僚にも知らされない。二ヶ月に一度の割合で開かれる重臣会議でも、
陸海軍の幕僚は本当のことは言わない(461頁)
開戦前から和平を主張していた米内も
“「どうして本当のことを教えないのか。われわれの発言を押さえるためにか」
 と憤慨していた”らしい。

東條が辞めてからも大本営発表は変わらない。
それなら誰が真実を隠蔽し、偽情報を流していたのか。
国民の厭戦気分を助長すれば勝てる戦にも勝てなくなるという理由もあるようです。
一見まっとうな理由に見えるところが恐い。
そういうことを頑強に生真面目に信じていたのが東條の限界だったのかと思います。
戦後は鬼畜米英が鬼畜東條みたいになってしまって、それはそれで大衆って恐いと
思うのですが。
昭和史はまだまだ明らかになっていない部分も多いですよね。
歴史になるのはこれからだし、史料もこれから出てくるでしょう。
(出てくることが良いかどうかは別にして、知りたいという欲求はあります・・・)

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