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広坂朋信『怪談の解釈学』
2005年04月16日 (土) | 編集 |
広坂朋信『怪談の解釈学』(希林館)2002.8.20

自分には霊感もないし、怪談を聞いたり読んだりしても面白いとは思えないのですが、
幽霊とか妖怪とか鬼とか、呼び方は何でも構いませんが、
それを作り出したり、信じたりする精神構造には興味があって、その手の本はよく読みます。

この本で面白いのは、著者の「地縛霊」に対する考察で、

“ 地縛霊という考え方には積極性はない、といっておく。
  地縛霊がいないといっているわけではない。
  たまたまその場所に居続けることに自らのアイデンティティを
  見出した幽霊や妖怪もいるだろう。
  だが、それは幽霊や妖怪にとってその場所の居心地がよかったからであって、
  「地縛」という概念はふさわしくない。
  ましてや心霊スポットの条件を説明したことにはならない。”

その地縛霊という概念への反証として、広島と長崎を挙げておられます。
原爆投下で膨大な死者が出た両市に、都市伝説としての
心霊スポットが生まれなかった理由は、

“ 人間を瞬時に蒸発させるという想像を絶する現実を前にして、
  恐怖のあまり萎縮してしまったからだ ”

と、推察されている。

やはり、戦死者、特に、原爆のような兵器の被害者を、
怪談という形で口の端にのぼらせるのは不謹慎、という思いが
あるのだろうと思います。
ああいう死を、どう扱って、どう自分の中で納得していけばいいのか
分からないということもあるでしょうし。
死に場所に“地縛”されるより、敵地に遠征してるんじゃないか、とか
そんな軽口も当然不謹慎なんですね。
でも巷では、たいていの幽霊は、自分を殺した相手を呪ったり
するんじゃないですか?
そういう話が表立って出て来ないところに、戦争の特殊性があるのかも知れません。
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コメント
この記事へのコメント
はじめまして。広坂と申します。拙著中もっとも理屈っぽいものをご購読いただきまして、まことにありがとうございました。なにぶん研究者でもなく、一ヶ月で書き飛ばしたものですので、屁理屈に荒いところがあります。ご指摘の戦争と幽霊の関係もいつか考え直さなければならぬと案じているうちに歳月が過ぎ、出版元とのおつきあいも薄くなってしまいました。
最近ブログというものを始めて、いずれこの宿題の片もつけようと思っています。ご容赦くださいませ。
2005/07/21(木) 15:38:38 | URL | 広坂朋信 #-[ 編集]
丁寧なコメントを有り難うございます!
まさか御本人の目にとまるとも思わず、素人の感想を書き散らしておりまして、汗顔の至りです。もちろん自縛霊に関すること以外もいろいろ興味深く拝見しました。
ブログで書かれている雪女に関する考察も、楽しく読ませて頂きました。私が住む地域はほとんど雪が降らないこともあり、雪女は遠い存在。「雪女」という語感からくるイメージと、ハーンが書いた書物で、なんとなく良いイメージを持っていたのです。白くてきれいで優しい女の人、のような。
しかし、雪に閉ざされた山の雰囲気は推して知るべし、恐いものなのでしょうね。雪女が、広坂さんいわく「魔性の精霊」であるのは、そういう雪山の恐怖感からくるものなのでしょうか。私はそういう恐さを知らないので、勝手なイメージを付与してしまっていたのだろうなと思います。
2005/07/23(土) 18:17:31 | URL | みなわ #eWQc6sqc[ 編集]
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