高村薫さん・五條瑛さん・福井晴敏さん・古処誠二さん等の小説、海外の海洋小説、歴史、B'z、を糧に生きている人間の日常。
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本★増川宏一&北村六合光(原典解読)『伊予小松藩会所日記』
2005年10月03日 (月) | 編集 |
本★増川宏一&北村六合光(原典解読)
伊予小松藩会所日記』(集英社新書)2001.7.22

小松藩は、小さな藩です。1万石の大名。
1万石以下は大名としては扱われないらしいので、最低クラスの大名。

一柳家は、長男が西条藩、次男が川之江藩、三男が小松藩を治めていましたが、
何かと欠点を探して潰そうとする幕府に、長男・次男の治めていた藩が没収され、
小松藩だけが、伊予における一柳家の領地として生き残りました。

周囲の地域は、徳川に近い者で占められ、一柳家は監視状態に。
お取りつぶしにされないよう、慎重に慎重に藩政を執り行った結果、
小さい藩ながら、明治維新に至るまでの230年間を、生き延びたそうでございます。

伊予小松藩の大名行列は100人だったそうです。
金持ちで、絢爛豪華なイメージのある加賀藩は、
もっとも多いときで総勢4000人、通常は3500人。
伊達家の仙台藩も3500人ほどと言いますから、比較すると、本当に小さい。
そういうのがぞろぞろと、質素に、江戸の街を歩いていれば、
そりゃ表立って何を言われるわけではないにしても、
肩身の狭い思いをしたかも知れない。

そういう藩の日記です。派手な藩だけが藩じゃない!面白いです。
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