高村薫さん・五條瑛さん・福井晴敏さん・古処誠二さん等の小説、海外の海洋小説、歴史、B'z、を糧に生きている人間の日常。
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雑誌★「月刊 現代 12月号」
2005年11月09日 (水) | 編集 |
雑誌★「月刊 現代 12月号」

高村薫さんのインタビュー「小泉改革という幻想」が掲載されています。

いかにも高村さんらしいご意見だと思ったのですが、
“まともにモノを作って売るよりもお金を動かしたほうが儲かるという仕組み”が
“「ちょっとおかしいんじゃないの?」”というのは、本当にそうですよね。

ところで、現総理に疑問を持つことが多いのは同じだけれど、
個々の政策に対する感じ方は、少し違っていて、わたしの考えは、
感情論に過ぎないなぁということを、改めて反省しました。

民営化がいいんじゃないの、と思ってしまうのは、
身近にいる公務員の態度への反発に根ざしているもので、
それぞれが抱える問題を熟考した末のことではないし。

そういえば以前何かの番組で、
「政府の息の掛かった民間企業が増えるということは、
 そこから政治献金が入ってくるということです」
とおっしゃっている方がおられて、なるほど奥が深い!と思いました。

選挙の時とマスコミにだけ愛想よく、
客として現れた時には傲慢なだけの議員。
そんなサービスは誰にもやっていない、ということで断ろうとしても、
上のほうで話がついている現実。

「あの子、来年就職やから議員さんに頼んでおこう」という一言には
発した本人には何の罪悪感もないらしく、そういうものなのかと失望しました。

昔、同級生に議員の娘さんがいました。
中学生の弁当の中身が松茸!という以外は、
嫌味に気取ったところもない、気の良い女の子でした。
その後、彼女の父親がK党からJ党へ!という
華麗なる不可解な転身をした後に、中傷ビラが撒かれたことがありました。
問題は、政策にケチを付けたのではなく“愛人がいる”という中傷だったこと。
同じ地区に、妻子がいるわけですよ。
娘は十代後半か二十歳そこそこの年齢ですよ。
大人の世界で何があったのかは知らないが、
政治家の世界というのはコワイ、どんな事への報復だったにせよ、
汚いことをする、と思いました。

結婚式に、著名な議員の名前を出してやろうかと持ち掛ける人がいる。
告別式に、生前ほとんど親交などない議員の名前で、形ばかりのお悔やみがある。

売名行為に葬式を使われた日には、故人の尊厳まで傷つけられた気がして
塩を投げつけてやりたいくらい腹が立つのですが、中には、
「すごいねあんな人の名前まで」という素朴な感想もあったりして、
人それぞれなんだなと思います・・・。自分の心の狭さを思ったり。
そもそも、葬式に死んだ本人が口を出すことは出来ないのですが、
それでもわたしはイヤだな。それだけは止めてくれと云いたい。

・・・そういうものに対する反感。
でも、政治って結局そういうものだろうと云われたら、
確かにそういうものだとは思う・・・。

新リア王』にも、有権者の元に1万円を置いていくという記述がありますが
性格上、そういうことに非常に強い反発を覚えるし、
いわれの無い金を置いていこうとしたら、投げつけて返してやりたいが、
政治で、社会福祉やらで巡り巡っていつか返ってくるはずの1万円を
今渡して何が悪いと云われれば、返す言葉もないのは確かです。

でも、それはやっぱり厭なんだ。
小さいことだろうが不正は不正。
少なくとも、自分が受け取るのは厭だ。

新リア王』にも、国の未来ということがよく出て来ます。
福澤榮には、理想の国家像があった。
ところが、次世代の政治家には、それがない。
彼はそのことで、次世代の人間との間に深い溝を感じます。

国家の未来を持たない次世代の政治家より情けないのは、
自分の未来すら見えないような人間・・・、自分がそうだと痛感しました。
国の未来も、政策の善し悪しも見えるわけがなく、
絶望しか残らないというのが実情か・・・・・
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