高村薫さん・五條瑛さん・福井晴敏さん・古処誠二さん等の小説、海外の海洋小説、歴史、B'z、を糧に生きている人間の日常。
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本★加藤健二郎『戦場の現在(いま) 戦闘地域の最前線をゆく』
2006年06月02日 (金) | 編集 |
本★加藤健二郎『戦場の現在(いま) 戦闘地域の最前線をゆく
(集英社新書)2005.3.22
戦場に憧れて、軍事ジャーナリストになったという著者。
彼が、自身の目で見て感じた戦場のルポです。

まずは、混乱する戦地の情報の正確さに疑問を投げかける。
特に戦死者の数。
少なくても多くても人が死んだことに変わりはないけれど、
その数が闘争心を煽るために利用されるのは厭だな。

“戦争や虐殺の犠牲者の数は、正確にカウントされることもなく、
 数十万とか数百万という数字が簡単に伝えられる。
 だが、その数字は、私がいままで見てきた限りでは、数倍以上、
 ものによっては百倍近くに膨らまされていると思えるものがあった。”
 (76ページ)

“ボスニア戦争における戦死者は、一般的に20万人といわれている。
 しかし、私が見聞きしてきた戦闘から死者の数を算出して、
 それに国連発表などを加えていっても5千人程度である。
 戦闘ではなく、住民虐殺が多かったのではないかとの見方もあるが、
 ボスニア戦争中で最大の虐殺といわれる東部スレブレニッツァの
 虐殺事件の死者の数が、多く見積もっても2千人といわれえいる。
 この最大虐殺と同規模の殺害が50回行われないと十万人にはならない。
 数千人を殺して埋めることは大変な作業であり、
 ボスニアのように国連の監視やその他の情報が行きわたっていた地域で
 数万人を知られないように殺すことなどできないと思う。”(94ページ)

“死者の数を、後の時代になって少ないほうへ修正しようとすると
 批判を浴びるケースが多い。
 しかし、多過ぎる数字を唱えても、それほどの批判には至らない。
 つまり、死者の数は多めに言っておいたほうが安全なのかもしれない。”
 (96ページ)


次は、あ、そうか~と気付かされたこと。
現代日本に住んでいては、観念だけで、戦争そのものの感覚を掴めないんだなぁ。

“おそらく、日本人にとっての戦争は、
 たとえ負け戦でも全力で一生懸命に戦うものなのだろう。
 第二次世界大戦の経験から、日本人はそのようなイメージを
 持たされているが、最近の戦争では、負けるとわかっている戦争で
 命を無駄に投げ出すことはせず、逃げて生き延びるほうを選ぶと思われる。
 昔の日本国民と違って、いまの人は、イラクやアフガニスタンの一兵士でも、
 「戦争に負けても、民族が絶滅させられるわけではないし、生きていける道はある。
 負けて占領されてしまったほうが良い暮らしができるかもしれない」と
 考えられるくらいの情報と判断力を持っているからである。
 (中略)
 自爆攻撃などを敢行する一部の人々の行動が、そこの人々の意志を代表している
 という考えも、大きな平和ボケといってよいだろう。”(80ページ)


これが本当に恐いと思ったことなのだけれど、
この著書の、「メディアが戦況を変える」という章。
ちょっと長い引用で申し訳ないのだけれど(皆さん買って読みましょう)。

“コソボ紛争セルビア人が殺されたニュースは、外国メディアでは扱われない”
(104ページ)

“私がコソボ入りして1998年9月の時点で、
 コソボ紛争の本格的勃発からは6ヶ月がたっていて、
 約700人の戦死者と約30万人の避難民が出ていた。
 6ヶ月の戦闘で700人の死者というのは、実はそれほど多いほうではない。
 しかも、すでに戦闘は収束に向かっていた。
 しかし、それでも欧米メディアは、セルビアの非道を叩き続けた。
 死者の数は、セルビア叩きの世論を構成するには少ないとみたのだろうか、
 難民に焦点を当てたのだった。
 人口200万人のコソボから30万人の避難民というのは、確かに多かった。
 これほど避難民が多くなった理由は、戦闘が始まる前に
 組織的に退去した住民が多かったからでもあった。
 セルビア治安警察による強制退去であることは確かなのだが、
 この組織的な退去によって戦死者の数を
 少なく抑えることもできていたようだった。
 そして戦闘が終結した地域では、避難民の帰宅も始まっていた。
 しかしそのときでも、欧米メディアでは、まだ帰宅せずに
 テント暮らしをしている避難民がメインテーマになっていた。
 帰宅した避難民たちに建築資材を供与しているニュースが
 地元テレビなどでは放映されていたが、海外のテレビが報じることはなかった。
 このような反セルビア的な報道を、アルバニア系の人々はどう捉えていたのだろうか。
 コソボ南西部の町ジャコビッツァで出会ったアルバニア系の男は、
 「ジャーナリストなら真実を書けよ。自分の目で見たこと聞いたことだけを書いてくれ。
  戦争を起こす方向に持っていくような報道は迷惑だからやめてくれ」と
 強い口調で言っていた。”(107ページ)


メディアは、世界を良いほうにも悪いほうにも導いていくことが出来る。
特に最近は、身近な生活にも大きな影響を与えるようになってきた。
だからこそ矜持を持って行動して欲しいと、切に願っています・・・。
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