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本★安田純平『誰が私を「人質」にしたのか イラク戦争の現場とメディアの虚構』
2006年07月12日 (水) | 編集 |
本★安田純平『誰が私を「人質」にしたのか
 イラク戦争の現場とメディアの虚構
』(PHP研究所)2004.12.03

著者は、フリーのジャーナリスト。
2003年のイラクを取材中、イラク軍に拘束された時、先に人質にされていた
3人と同一視され、日本メディアから“人質”と呼ばれたことに対して
“日本政府その他誰に対しても、いっさい要求を出していない。
 従って人質ではない”と、反論されている。
あの時の報道は途中から異常にエスカレートし、ニュースを見るのが
イヤになったものでした。

一時出国し、再度イラクに入国する際に「人間の盾」ビザになった著者は、
取材を制限される。

“ジャーナリトビザなしに取材することは、不法就労にあたる。
 大手メディアとしては、違法行為をするわけにはいかないという建前があるが、
 日本の市民も許さないようで、ビザの種類が、正直に本人の職業や心情を
 表していると受け止めるようだ。日本社会では、取材であっても
 政府のお墨付きの中で、つまり手のひらの中で行うべきだ、という
 認識が強いようだ。ビザとは外国人管理システムであって、それを
 取得するということは、その管理下に入るということだ。
 それによって取材が許可される場面もあるが、
 逆に働きづらくなることも多い。
 取材のうえでは状況に応じて使うかどうかを決めればよいだけの、
 ただの道具にすぎない。
 それでも、そうしたビザを持っていなければ「邪道」らしい。
 外国にまで適用するこの権威主義も、まさに「お上意識」である。
 特に戦時中など、権力側が情報管理を強めてきた場合に、
 それで市民としての自らの権利を守れるだろうか。
 「メディア」は本当のことを伝えない」というような批判をする一方で、
 行儀よく取材しろという。”(203頁)

「報道」の問題点を突いておられます。


非軍人を盾にして、攻撃をかわすという手段は古くからあるものですが、
近年は、イラクへの攻撃を止めさせるため、空爆されそうな場所に
こもった外国人のグループ名で有名になりました。
国際法では、人間の盾を使って軍事目標を守ることは、戦争犯罪であると
みなされているらしいです。例えば、軍人の前に民間人を配置し、
その背後から射撃をするなどは、歴史的に見ると軍の強制であることが
多かったんじゃないかなと思います。それとは違います。

そういう「盾」欧米人の多くは、
“戦争そのものを止めたいという考えで
 開戦前からとどまっていた。そのため、開戦前後には続々出国し、
 全体でも数十人程度になっていた。”(212頁)

開戦後も残った日本人の盾メンバーは、貴重な経験をされたようです。
ドーラ浄水場の屋上に椅子を出し、空爆を眺める様子の写真(243頁)は
観光客気分と言われても仕方ないかも知れないけれど、
それでも、関係者じゃない誰かが一部始終を見ているということも、
必要なことじゃないでしょうか。
最近の空爆は、誤爆もあるけれど、わりと正確にピンポイント攻撃されるので
安全率が高いんですよね。空爆よりやはり人のほうが恐いですね。
それにしても、アメリカは日本の統治は上手だったのに、
イラクではどうして失敗したのか。
日本にとっては敗戦でしたが、アメリカにとっては、
稀にみる成功だったんだな、先の大戦は・・・。


“やはり気になるのは戦争の行方だろう。
 現場にいると、「どうなったら戦争が終わりになるんだろう」という
 素朴な疑問も浮かんでくる。”(257頁)

これは最大の難事だと思います。
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